不妊治療を「やめるか・続けるか」で悩む理由
不妊治療をやめるタイミングを決めることは、本当に難しいです。「あと1回だけ試せば」という気持ちと、「体も心もそろそろ限界」という気持ちが何度も繰り返されます。費用の問題、年齢の問題、仕事との両立、夫婦関係への影響、そういった要素が絡み合って「やめる」という決断がなかなかできないまま、気づけば5年が経っていました。
私の場合、最終的に治療をやめる前に妊娠が判明した(つまり「やめる」という判断を下す直前に授かった)という経緯ですが、そこに至るまでに2度ほど「今回がダメだったらやめよう」という段階がありました。そのときの気持ちと、「なぜもう1回続けたのか」を書きます。
私の不妊治療5年の経緯
簡単に経緯をまとめると、こうです。
治療を始めたのは結婚後しばらくして。タイミング法から始まり、人工授精(AIH)を複数回経験し、体外受精(IVF)に移行しました。採卵は複数回、胚移植も複数回行いました。途中で転院もしました。体外受精で胚移植をして着床しなかった回数が積み重なっていく中で、「どこで終わりにするか」という問いは常にそこにありました。
費用は累計で数百万円になっていました。不妊治療の保険適用が進む前の時期に治療を開始していたので、自費診療での費用負担が大きかったです。一方で、「ここまでやってきたのに途中でやめるのか」という気持ちも強く、「やめる」という決断を先送りにし続けていたと思います。
「やめようか」と思った2つの時期
1度目:体外受精に踏み切る直前
人工授精を重ねて結果が出なかった時期に、「体外受精に進む前に一度立ち止まりたい」という気持ちになりました。体外受精に進むことへの精神的なハードル(採卵の痛み・費用の大幅増加・「もし体外受精でもダメだったら」という恐怖)が大きかったからです。
このとき夫と話し合って、「体外受精を3回試して授からなければ、一度治療をお休みするという区切りを設定しよう」という約束をしました。「終わり」を決めることで、「次の移植が最後かもしれない」という閉塞感ではなく「3回は試す」という前向きな期待に変わりました。
2度目:移植を繰り返しても結果が出なかった時期
体外受精を始めてから数回の移植を経ても結果が出なかった時期が、一番しんどかったです。「判定日が来るのが怖い」「採卵のために仕事を休むことへの罪悪感」「いつまで続けるんだろう」という気持ちが重なって、治療を続けることへのモチベーションが落ちていました。
このときに「あと1〜2回で区切りをつけよう」と自分の中で決め、主治医にも「この先の方針について相談したい」と伝えました。医師から「凍結している胚があと〇個ある。凍結胚をすべて使い切った段階で改めて今後の方針を話しましょう」という提案をもらったことで、「ゴール」が明確になりました。
不妊治療をやめる・続けるの判断基準
私自身の経験と、不妊治療中に読んだ複数の体験談から感じた「区切りの基準」を整理すると、こういう視点が多かったです。
費用の上限を決める:「あと〇万円まで」という金額の上限を夫婦で決める。上限に達したら継続の意思を改めて確認する。
試行回数の上限を決める:「体外受精を〇回試して授からなければ」という回数での区切り。採卵回数・移植回数それぞれを目安にする人もいます。
年齢の節目を設ける:「35歳を過ぎたら」「38歳になったら」という年齢で区切るケース。卵子の質・量の問題から年齢を基準にする人も多いです。
体・心のサインで判断する:「通院が苦痛になってきた」「日常生活が治療中心になってつらくなってきた」という自分の内側のサインを大切にする。
どれが正解ということはありません。「区切りを決める」こと自体が、治療を続ける際の心の支えになる場合と、「区切りを決めないで流れで判断する」ことで気が楽になる人もいます。自分のタイプをよく知って選ぶことが大切です。
「やめる選択」は逃げではない
不妊治療をやめることを「あきらめ」と感じる人も多いです。私もそう感じていた時期がありました。「もう少し頑張れば授かれるかもしれないのにやめるなんて」という気持ちが、やめることへの心理的な壁になっていました。
でも実際に治療の中で気づいたのは、「続けることだけが選択肢ではない」ということです。治療を休むこと・やめることも、立派な選択です。体と心の健康を守ることも、長い人生を考えれば大事なことです。
私は最終的に授かりましたが、もし授からなかったとしても、「5年間、できることをやった」という事実は変わらないと思っています。不妊治療をやめた人・続けた人・それぞれの選択が正解です。この記事が、今悩んでいる誰かの「自分の気持ちを整理するきっかけ」になれば嬉しいです。
体外受精で双子を授かった確率や治療の流れについては体外受精で双子になる確率と私の体験で書いています。